NANKAN BLOG 競輪の歴史
NANKAN BLOG
競輪 KEIRIN 競輪情報&予想などを掲載していきます!
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
競輪の歴史 第25回 KEIRINグランプリ06-07
KEIRINグランプリ06
GP06WIN

有坂がGP最年長優勝記録達成
スタートで合志正臣が飛び出すと吉岡稔真を受ける。
井上昌己が合志の後ろに入り九州勢が前受け。
手島慶介―後閑信一の群馬コンビに小倉竜二が続き北勢は後方待機。
赤板で山崎芳仁が上昇し吉岡を押さえると吉岡はスンナリ車を下げた。
切り替えた手島も中団キープ。
吉岡以下の九州勢は七番手に置かれて最終ホームを通過。
自己のペースで逃げる山崎に2角から早くも手島が襲いかかる。
佐藤のブロックを凌いだ手島がまくり切るも後閑は追い切れず、
佐藤が手島にスイッチして直線へ。
両者のマッチレースかに鮮やかな中割りを決めた有坂が突き抜けた。

KEIRINグランプリ07
GP07WIN

伏見が2度目のGP制覇
号砲が鳴ると佐藤友和がいち早く飛び出し渡邉晴智が続いた。
並びは佐藤?有坂直樹、小嶋敬二?渡邉、手島慶介?兵藤一也、
山崎芳仁?伏見俊昭?飯嶋則之の順で落ち着いた。
淡々と周回が進みレースが動いたのは青板周回の2コーナーから。
後方の山崎がゆっくりと上昇して小嶋の横で止まりしっかりと蓋をする。
打鐘が入り山崎が前を叩きに出ると前の佐藤も合わせて踏み込んだ。
手島は山崎ラインに切り替え追走する。
突っ張る素振りを見せた佐藤だが結局は山崎を出させて中団取りを狙う。
山崎はそのまま踏み込んで主導権を握る。
山崎が懸命に逃げるなか後方の小嶋がまくりスパート。
小嶋はグングンとスピードを上げバック過ぎに山崎を抜き去った。
すると伏見が俊敏に小嶋にスイッチし両者のマッチレースとなった。
直線に入り小嶋は最後の力を振り絞ったがゴール寸前で伏見が鋭く差し切った。
【続きを読む】
スポンサーサイト

テーマ:競輪 - ジャンル:ギャンブル

競輪の歴史 第24回
競輪の歴史 第24回

SSカップみのり(えすえすかっぷみのり)

SSカップみのりP1

SSカップみのりとは
SSカップみのりは2008年から新設されたG1レースです。
KEIRINグランプリの前日(12月29日)に単発レースで実施されます。
12月28日から新たにS級S班になった18名の選手のうち、
KEIRINグランプリに出場しない9選手で行われます。
新たに選出された新S級S班のお披露目レースであるとともに、
KEIRINグランプリ同様の一発勝負で競われるのが特徴です。

歴史
2008年にS級S班選手のみで競われるG1として新設されたレースです。
2007年に創設された競輪選手の最高位・S級S班選手に対する
栄誉特典として行われます。
G1ですが単発レースのためグランドスラム(全冠制覇)には含まれません。
そしてG1優勝選手に与えられるKEIRINグランプリ出場権も
与えられません。
(KEIRINグランプリ出場権は4日制以上のG1優勝者に与えられます)
【続きを読む】

テーマ:競輪 - ジャンル:ギャンブル

競輪の歴史 第23回
競輪の歴史 第23回

ヤンググランプリ(YGP)

ヤンググランプリP1

ヤンググランプリとは
ヤンググランプリは若手選手の登竜門として、
過去1年半以内デビューの選手で競われるG2レースです。
KIRINグランプリが開催される競輪場で開催されます。
レースの特徴としては若手選手主体のレースなので、
自力型が揃い予想が難しい番組となります。

歴史
1995年に兵庫県南部地震復興支援競輪として、
KEIRINグランプリの前座戦という位置付けで、
当時活躍していた若手選手9人を選抜して
12月29日に実施され金古将人が優勝したのが始まりです。
しかし実施されたのはこの年だけで以降は開催されませんでした。
本当の意味でのルーツは競輪祭の一環として行われた
「浜田賞・全日本競輪新人王決定戦」です。
通常のレースと同じくトーナメント形式として開催され、
初期は優勝者に「全日本競輪王決定戦」決勝の出場資格が与えられました。
1999年の番組改正で競輪祭の開催が6日間から4日間に短縮された関係で、
トーナメント方式での開催は取り止めとなりました。
過去1年半以内のデビュー選手(S・A級不問)で、
競走成績が優秀だった選手9名により競輪祭の決勝レース開催日に
一発勝負で新人レーサー日本一を決定する事となりました。
2001年からの競輪の番組制度改革に伴い、
競輪祭の開催が1月に変更されたため新人王レースは廃止され、
それに代る新人レーサー実力日本一決定戦として、
ヤンググランプリが復活しました。
開催時期も12月のKEIRINグランプリ開催日前日
(12月29日)となりました。
2008年からG1「SSカップみのり」が新設され、
グランプリ前々日(12月28日)開催となりました。
【続きを読む】

テーマ:競輪 - ジャンル:ギャンブル

競輪の歴史 第22回
競輪の歴史 第22回

サマーナイトフェスティバル

サマーナイトフェスティバル

サマーナイトフェスティバルとは
2005年に新設された比較的歴史の浅いG2競走です。
ナイター開催を実施している競輪場
(函館競輪場・京王閣競輪場・松戸競輪場・川崎競輪場・平塚競輪場・四日市競輪場・小倉競輪場)
を舞台に2日間の開催で行われています。
この開催の特徴としては初日に参加81選手による予選レースを実施して、
各レースの1着9名が2日目の決勝で優勝を決めます。
1着以外の選手は優秀(2日目第8・9競走)、特選(2日目第4?6競走)、
または選抜(2日目第1?3競走)の各レースにコマを進めます。

歴史
競輪のナイター開催は1998年(平成10年)に函館競輪場で初めて開催されました。
その後、平塚・小倉・川崎・松戸・京王閣・四日市の各競輪場でも
相次いでナイター開催が実施されています。
ナイター開催が競輪ファンの間で浸透すると、
「ナイター競輪でグレードレースが見たい!」と言う声が多くなり、
2005年(平成17年)に”サマーナイトフェスティバル(G2)”が新設されました。
2005年?2006年は2日間ともに9レース制で開催されましたが、
2007年は国際競輪レース(2日間ともに1レースづつ)を併催した為、
2日間ともに10レース制で開催されました。
2008年は国際競輪レースが無いので2005年?2006年と同じく、
9レース制で開催されました。
【続きを読む】

テーマ:競輪 - ジャンル:ギャンブル

競輪の歴史 第21回
競輪の歴史 第21回

寛仁親王牌・世界選手権記念トーナメント
(仁親王牌・ともひとしんのうはい)

寛仁親王牌01


仁親王牌・世界選手権記念トーナメントとは
1990年にアジアで初めて日本で開催された世界選手権自転車競技大会にて
仁親王が名誉総裁だったことに由来して開催されているGI競走です。
仁親王は1992年から優勝者に贈呈されるトロフィーを下賜しています。
1990年の世界選手権自転車競技大会のトラック競技が前橋競輪場で
開催されたことから前橋競輪場で開催されることが多いのですが、
2001年および2005年は青森競輪場で開催されるなど、
必ずしも固定開催とはなっていません。(2009年は青森競輪場で開催予定)

歴史
1990年に群馬県前橋市のグリーンドーム前橋(前橋競輪場)で行われた
「世界自転車競技選手権大会・日本大会」の開催を記念して、
同年5月に旧・前橋競輪場を舞台に開催された、
「世界選手権自転車競技日本大会特別記念レース」がルーツです。
「スーパープロピストレーサー賞」
(1989年に中止となったKEIRINグランプリ出場選手によるレース)
をメインとした単発開催でスタートしました。
「スーパープロピストレーサー賞」は1991年も開催されますが、
1995年から全日本プロ選手権自転車競技大会の直前に開催される
「全日本プロ選手権自転車競技大会記念競輪」のメインレースとして行われています。
1992年からはそれまでの1日開催から3日間開催のトーナメント戦となったため、
「世界選手権記念トーナメント(仁親王牌争奪)」と名称を改めて実施されました。
1993年(第2回大会)からはは4日間開催となっています。
1992年から準特別競輪に格上げされ1994年からは特別競輪に格上げされました。
初日特選の名称は「日本競輪選手会理事長杯」で特別優秀競走の名称はは「ローズカップ」です。
【続きを読む】

テーマ:競輪 - ジャンル:ギャンブル

copyright © 2005 NANKAN BLOG all rights reserved.
Powered by FC2ブログ. | Template by Gpapa.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。