NANKAN BLOG 競輪選手名鑑
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競輪選手名鑑 第19回
競輪選手名鑑 第19回

武田豊樹(たけだ とよき)

武田豊樹

88期【関東地区】登録番号013923
1974年1月9日生まれ 北海道斜里郡斜里町出身 血液型O型
師匠:川村恵三

オリンピックにも出場した元スピードスケート選手です。
高校の同学年で長野オリンピック金メダリストの清水宏保と、
高校卒業後に一緒に練習することで成績が向上して、
ソルトレークシティオリンピックの代表に選ばれました。
同オリンピックでは500m:8位、1000m:16位の成績でした。

オリンピック終了後に競輪選手への転向を表明しました。
日本競輪学校へは2人目となる特別選抜入試により合格し、
卒業後は日本競輪選手会茨城支部所属の選手としてデビューしました。
デビュー戦で初勝利を挙げましたが2日後に落車して骨折してしまいました。
デビューから約半年後にはS級2班へ史上最速の特別昇級を果たしました。
その後はトップクラスの選手として活躍して、
2005年にはKEIRINグランプリ出場も果たしました。
しかし、特別競輪のタイトルとは縁遠い日々が続いていましたが、
2008年11月にふるさとダービー広島でG2を優勝して、
2009年3月には岸和田競輪場で行われた日本選手権競輪で優勝して、
念願のG1タイトルホルダーとなりました。

競走スタイルは抜群のスタミナとトップスピードを誇る先行選手です。
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競輪選手名鑑 第18回
競輪選手名鑑 第18回

渡邉晴智(わたなべ はるとも)
渡邉晴智

73期【南関東地区】登録番号:012826
1973年7月30日生まれ 静岡県富士市出身 血液型B型
師匠:村松清一

南関(南関東地区)を代表するマーク選手、
長く一線級で活躍していましたがG1タイトルとは無縁でした。
しかし、2008年3月に地元の静岡競輪場で開催された
G1第61回日本選手権競輪(駿府ダービー)にて、
念願の初タイトルを獲得しました。

S級へ昇格するとともにマーク選手に転向しましたが、
ダッシュ力を生かして先行選手との隙間をほとんど空けずに追走し、
少しでも相手が離れた隙を突いてすかさず競り落とす技術は、
競走ルールが厳しくなった状況下における新時代の戦法として絶賛され、
先輩マーク選手に対しても果敢に競りに行く競走姿勢は
競輪ファンに好まれました。
近年は確実に先行選手の番手を主張できるため
競りを行うことは少なくなっています。
現在でも自力を繰り出せるほどのダッシュ力を持っていますが、
マーク選手にこだわり自力はあくまで最後の手段となっています。

星陵高等学校在学中から自転車競技を行い日本競輪学校に入学。
デビュー戦は1994年4月8日の千葉競輪場で迎え5着でしたが、
この開催で優勝を果たし優勝したレースが初勝利となりました。
デビューまもない頃から追い込みを主体とした競走に努め、
1999年頃からG1・G2に常時参加するようになりました。
1999年12月に行われたG2ふるさとダービー佐世保の決勝で、
金古将人の番手からG2初優勝を果たしました。
2001年7月に行われたG2ふるさとダービー函館では、
神山雄一郎マークから逃げた伏見俊昭に切り替えて
伏見と同着優勝を果たしました。
この頃は自転車競技にも積極的に取り組んでおり、
2002年のアジア競技大会(韓国・プサン)では、
神山雄一郎、金子貴志とのトリオでチームスプリントで優勝しています。
2002年フランスのボルドーで開催されたオープン・デ・ナシオンの
ケイリン種目において3位に入りました。
2002年のKEIRINグランプリはグランプリポイントで初出場を果たし8着でした。
2007年はG1・G2で2回ずつ決勝へと駒を進め、
5年ぶりにKEIRINグランプリ出場を果たし4着でした。
この結果、初代S級S班18名に選出されました。
2008年3月に地元の静岡競輪場で開催された、
第61日本選手権競輪において優勝、念願のタイトルホルダー入りを果たしました。
続けて高松宮記念杯競輪も制してG1連覇を果たしました。
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競輪選手名鑑 第17回
競輪選手名鑑 第17回
小嶋 敬二(こじま けいじ)
小嶋敬二


74期 【中部地区】 登録番号:12895
1969年11月9日生まれ 石川県金沢市 血液型A型
師匠:横長 勇

競輪界を代表する自力型選手であり、
75cmの太腿の持ち主であることで知られています。
先行しても捲りでも勝った時の走りは豪快です。
その一方で他の選手の目標にされる事と自身の戦法が脆い一面があり、
飛び抜けた脚力を持ちながら特別競輪の優勝回数の少なさに繋がっています。

オリンピックへのこだわりから競輪学校への入学は年齢制限ギリギリでした。
(現在は年齢制限はありません)
デビュー後すぐにS級特進を果たすなど快進撃を重ね、
一流の仲間入りを果たしますがなかなかタイトルには手が届きませんでした。
1999年の日本選手権競輪決勝(静岡競輪場)では、
ゴール直後にガッツポーズをしましたが2着でしたw
※結果は神山が微差で残っていてグランドスラム達成。
しかし、2003年の高松宮記念杯競輪で優勝し、
ついにタイトルホルダーの仲間入りを果たしました。
2005年には寛仁親王牌で優勝して2つ目のタイトルを手にしました。

石川県には競輪場が無いため、
内灘町の内灘自転車競技場を主な練習地としています。
小嶋は現在も競輪界を代表する選手の一人として
常に競輪ファンの期待を背負って走り続けています。
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競輪選手名鑑 第16回
競輪選手名鑑 第16回
佐藤慎太郎(さとう しんたろう)
佐藤慎太郎

78期 【北日本地区】 登録番号:013162
1976年11月7日生まれ 福島県東白川郡塙町 血液型AB型
師匠:添田広福

追込型に転向してから名を知られる様になり、
2003年の全日本選抜競輪優勝によりトップクラスの地位を確立しました。
2004年に共同通信社杯競輪、
2005年にふるさとダービー武雄と優勝して、
2004年は全てのGIで決勝戦進出を果たしていますが、
GIの決勝進出回数18回のうち優勝は1回だけです。

追込選手として一流の実力を誇り先行選手からの信頼も厚いものがあります。
失格も非常に少なくタイトル戦では常に安定した成績を残しており、
上位入着は多いものの上記の通り優勝は少ないことから、
課題は優勝する勝負強さと運だけでしょうか。

2003年から毎年KEIRINグランプリに出場しており、
4年連続4回目のグランプリ出場となります。
過去3回のグランプリは5着・7着・落車棄権の成績でしたが、
2006年は弟弟子の山崎番手から初の栄光を目指しましたが3着でした。
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競輪選手名鑑 第15回
競輪選手名鑑 第15回
手島慶介(てじま けいすけ)
手島慶介

75期 【関東地区】 登録番号:012950
1975年2月14日生まれ 群馬県佐波郡玉村町 血液型O型
師匠:高橋祥一
弟:手島志誠(ゆきのり、群馬83期)

高校在学時から自転車競技を行っており、
競輪学校では太田真一、十文字貴信、伏見俊昭、金子貴志ら
逸材揃いの75期の中で卒業記念レースを優勝しました。
さらにデビュー2年後の1997年に
競輪祭新人王のタイトルを手にしました。
しかし、その後は伸び悩みグランプリを制した太田、
伏見に対して遅れをとりました。
2003年オールスター競輪期間中の不祥事で、
2003年12月1日から1年間の謹慎処分を受けました。
2004年12月に1年2ヶ月ぶりにレースへ復帰すると成績が上昇、
2005年には99走してS級年間最多勝利41勝(優勝11回)
を達成します。
さらに2006年は寛仁親王牌で初のGI優出を果たし2着、
11月のふるさとダービー防府でG?初優勝を飾りました。

先行は滅多しませんが捲りや番手戦など勝利のために色々な作戦を取ります。
レース前のインタビューでも、「勝つために先行以外は何でもやる」
という言葉がよく聞かれます。
弟の手島志誠も競輪選手です。(群馬・83期)
2009年1月25日に死去されました。
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