競輪選手名鑑 第17回
小嶋 敬二(こじま けいじ)

74期 【中部地区】 登録番号:12895
1969年11月9日生まれ 石川県金沢市 血液型A型
師匠:横長 勇
競輪界を代表する自力型選手であり、
75cmの太腿の持ち主であることで知られています。
先行しても捲りでも勝った時の走りは豪快です。
その一方で他の選手の目標にされる事と自身の戦法が脆い一面があり、
飛び抜けた脚力を持ちながら特別競輪の優勝回数の少なさに繋がっています。
オリンピックへのこだわりから競輪学校への入学は年齢制限ギリギリでした。
(現在は年齢制限はありません)
デビュー後すぐにS級特進を果たすなど快進撃を重ね、
一流の仲間入りを果たしますがなかなかタイトルには手が届きませんでした。
1999年の日本選手権競輪決勝(静岡競輪場)では、
ゴール直後にガッツポーズをしましたが2着でしたw
※結果は神山が微差で残っていてグランドスラム達成。
しかし、2003年の高松宮記念杯競輪で優勝し、
ついにタイトルホルダーの仲間入りを果たしました。
2005年には寛仁親王牌で優勝して2つ目のタイトルを手にしました。
石川県には競輪場が無いため、
内灘町の内灘自転車競技場を主な練習地としています。
小嶋は現在も競輪界を代表する選手の一人として
常に競輪ファンの期待を背負って走り続けています。
小嶋 敬二(こじま けいじ)

74期 【中部地区】 登録番号:12895
1969年11月9日生まれ 石川県金沢市 血液型A型
師匠:横長 勇
競輪界を代表する自力型選手であり、
75cmの太腿の持ち主であることで知られています。
先行しても捲りでも勝った時の走りは豪快です。
その一方で他の選手の目標にされる事と自身の戦法が脆い一面があり、
飛び抜けた脚力を持ちながら特別競輪の優勝回数の少なさに繋がっています。
オリンピックへのこだわりから競輪学校への入学は年齢制限ギリギリでした。
(現在は年齢制限はありません)
デビュー後すぐにS級特進を果たすなど快進撃を重ね、
一流の仲間入りを果たしますがなかなかタイトルには手が届きませんでした。
1999年の日本選手権競輪決勝(静岡競輪場)では、
ゴール直後にガッツポーズをしましたが2着でしたw
※結果は神山が微差で残っていてグランドスラム達成。
しかし、2003年の高松宮記念杯競輪で優勝し、
ついにタイトルホルダーの仲間入りを果たしました。
2005年には寛仁親王牌で優勝して2つ目のタイトルを手にしました。
石川県には競輪場が無いため、
内灘町の内灘自転車競技場を主な練習地としています。
小嶋は現在も競輪界を代表する選手の一人として
常に競輪ファンの期待を背負って走り続けています。
略歴
金沢高等学校卒業
日本大学卒業
日本競輪学校74期卒業
デビュー:1994年8月5日(花月園競輪場)
B級初勝利:1994年8月6日(同開催)
B級初優勝:1994年8月7日(同開催)
A級初勝利:1994年12月6日(千葉)
A級初優勝:1994年12月6日(同レース)
S級初勝利:1995年5月20日(青森競輪場)
S級初優勝:1995年5月21日(同開催)
1994年:第10回ルーキーチャンピオンレース優勝(千葉競輪場)
100勝達成:1996年11月5日(一宮競輪場)
200勝達成:2000年8月6日(名古屋競輪場)
2002年:ふるさとダービー松阪優勝(松阪競輪場)
2003年:高松宮記念杯競輪優勝(大津びわこ競輪場)
300勝達成:2003年7月26日(福井競輪場)
2005年:寛仁親王牌優勝(青森競輪場)
400勝達成:2006年9月13日(高松競輪場)
2007年:東西王座戦優勝(宇都宮競輪場)
高松宮記念杯競輪優勝(大津びわこ競輪場)
寛仁親王牌優勝(前橋競輪場)
タイトル
2003年:高松宮記念杯競輪(大津びわこ競輪場)
2005年:寛仁親王牌(青森競輪場)
2007年:高松宮記念杯競輪(大津びわこ競輪場)
2007年:寛仁親王牌(前橋競輪場)
自転車競技
金沢高校→日本大学と自転車競技で数々の成績を収め、
ソウルオリンピック出場を目指しましたたが出場はかなわず、
卒業後もアマチュアとして活躍を続けました。
1992年のバルセロナオリンピックでは1000mタイムトライアルと、
当時スプリントで無敵を誇った齋藤登志信の予選落車によって
スプリント代表も手にして2種目出場を果たしました。
1992年:バルセロナオリンピック1000mタイムトライアル10位
アトランタ以降のオリンピックには出場していませんが、
アマ時代を含んで世界選手権自転車競技大会にも、
1990年・1995年〜1997年の4回出場しています。
[付録]
ニックネームは、もちろん「社長」です。
金沢高等学校卒業
日本大学卒業
日本競輪学校74期卒業
デビュー:1994年8月5日(花月園競輪場)
B級初勝利:1994年8月6日(同開催)
B級初優勝:1994年8月7日(同開催)
A級初勝利:1994年12月6日(千葉)
A級初優勝:1994年12月6日(同レース)
S級初勝利:1995年5月20日(青森競輪場)
S級初優勝:1995年5月21日(同開催)
1994年:第10回ルーキーチャンピオンレース優勝(千葉競輪場)
100勝達成:1996年11月5日(一宮競輪場)
200勝達成:2000年8月6日(名古屋競輪場)
2002年:ふるさとダービー松阪優勝(松阪競輪場)
2003年:高松宮記念杯競輪優勝(大津びわこ競輪場)
300勝達成:2003年7月26日(福井競輪場)
2005年:寛仁親王牌優勝(青森競輪場)
400勝達成:2006年9月13日(高松競輪場)
2007年:東西王座戦優勝(宇都宮競輪場)
高松宮記念杯競輪優勝(大津びわこ競輪場)
寛仁親王牌優勝(前橋競輪場)
タイトル
2003年:高松宮記念杯競輪(大津びわこ競輪場)
2005年:寛仁親王牌(青森競輪場)
2007年:高松宮記念杯競輪(大津びわこ競輪場)
2007年:寛仁親王牌(前橋競輪場)
自転車競技
金沢高校→日本大学と自転車競技で数々の成績を収め、
ソウルオリンピック出場を目指しましたたが出場はかなわず、
卒業後もアマチュアとして活躍を続けました。
1992年のバルセロナオリンピックでは1000mタイムトライアルと、
当時スプリントで無敵を誇った齋藤登志信の予選落車によって
スプリント代表も手にして2種目出場を果たしました。
1992年:バルセロナオリンピック1000mタイムトライアル10位
アトランタ以降のオリンピックには出場していませんが、
アマ時代を含んで世界選手権自転車競技大会にも、
1990年・1995年〜1997年の4回出場しています。
[付録]
ニックネームは、もちろん「社長」です。
この記事へのコメント
はじめまして!
コメントありがとうございますm(__)m
石川県は昨年のお正月におじゃましましたが
良いところですね!
一般的に競輪選手の知名度は低いと思いますが、
小嶋選手を石川県民はもっと応援してあげてほしいです。
環境的には恵まれなくても頑張る小嶋選手を見て、
石川県の若い選手達にも頑張って欲しいですね。
コメントありがとうございますm(__)m
石川県は昨年のお正月におじゃましましたが
良いところですね!
一般的に競輪選手の知名度は低いと思いますが、
小嶋選手を石川県民はもっと応援してあげてほしいです。
環境的には恵まれなくても頑張る小嶋選手を見て、
石川県の若い選手達にも頑張って欲しいですね。
今は千葉にいますが、出身は石川県です。
紹介されたとおり、石川県には競輪場がありません。
金沢競馬という、地方競馬はありますが。三国競艇も
よくテレビコマーシャルしていたので知ってました。
でも、競輪というものは日常生活で全く聞く事がありませんでした。
小嶋選手のようなすごい人でも、石川県でどのくらい知っている人が
いるんだろうなぁ。
紹介されたとおり、石川県には競輪場がありません。
金沢競馬という、地方競馬はありますが。三国競艇も
よくテレビコマーシャルしていたので知ってました。
でも、競輪というものは日常生活で全く聞く事がありませんでした。
小嶋選手のようなすごい人でも、石川県でどのくらい知っている人が
いるんだろうなぁ。
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